Hallmarks of cancer がん細胞の生存戦略

「Hallmarks of cancer」という概念と、その研究のためのマーカーおよびツールをご紹介します。

2000 年、Hanahan 教授と Weinberg 教授は、雑誌 Cell に総説「The Hallmarks of Cancer」を発表しました1。この総説には、がんの発生から進展・転移まで、がん細胞があたかも進化するように段階的に数々の特性を獲得していくことが仮説として述べられており、これは当時大きなインパクトを与えました。ここではがん細胞が獲得する特性として、増殖シグナルの維持、増殖抑制の回避、細胞死への抵抗、無制限な複製による不死化、血管新生の誘導、浸潤能および転移能の活性化の 6 つが挙げられていました。

2011 年、両教授は新たな知見を反映させた総説「Hallmarks of Cancer: The next generation」を発表しました2。この総説では上記特性に加え、エネルギー代謝の異常、免疫による攻撃からの逃避、腫瘍が促進する炎症、ゲノム不安定化と変異の 4 つが挙げられています。

以下に、ここで挙げられているがん細胞の特性(Hallmarks)を検出・解析するためのマーカーと、それらを研究するためのツールをご紹介します。

ゲノムの不安定化と変異 Genome instability and mutation

無制限な複製による不死化 Enabling replicative immortality

増殖抑制の回避 Evading growth suppressors

細胞死 Cell death

エネルギー代謝のリプログラミング Reprogramming energy metabolism

血管新生 Angiogenesis

免疫による攻撃からの逃避 Avoiding immune destruction

炎症の促進 Tumor-promoting inflammation

増殖シグナルの維持 Sustaining proliferative signaling

浸潤能および転移能の活性化 Activating of invasion and metastasis



Hallmarks of Cancer


ゲノムの不安定化と変異

メカニズム          マーカー機能
ヌクレオチド除去修復(Nucleotide excision repair)ERCC1-XPFDNA ダメージ修復に必須のエンドヌクレアーゼであり、DNA 鎖間クロスリンク(ICL)の修復や二本鎖切断の修復に関与する。
XPADNA ダメージ修復において働くジンク・フィンガー・タンパク質。
TFIID遺伝子のコア・プロモーター領域にある TATA ボックスに結合し、複合体を形成する。
塩基除去修復(Base excision repair)APEX1/APEX2DNA 修復に関与するヌクレアーゼ。
PNKP5’-キナーゼ活性と3’-フォスファターゼ活性を有する。
FEN1DNA 修復において、5’ オーバーハング・フラップ構造を除去するエンドヌクレアーゼ。
二本鎖切断修復(Double strand break repair)Gamma H2AXヌクレオソームにおけるヒストン・オクタマーの構成因子。DNA ダメージによりリン酸化を受ける。
XRCC4                  DNA リガーゼ IV、DNA 依存性プロテインキナーゼと協調し、DNA 二本鎖切断を修復する。
BRCA1                              BRCA は DNA 修復と細胞周期を制御する腫瘍抑制タンパク質で、非常によく研究されている。
53bp1障害を受けたクロマチンに結合し、DNA 修復を促進する。
Kap1正常な発生と分化のための重要な制御タンパク質。
DNA ミスマッチ修復Msh2/Msh6ミスマッチ塩基部位に結合し、MutSα を形成する。
Msh2/Msh3MutSβ を形成し、挿入や欠損の修復に関与する。
PMS2MLH1 とヘテロダイマーを形成し、MutLα を形成する。



無制限な複製による不死化

メカニズムマーカー機能
テロメアのメンテナンスと制御hTERTテロメラーゼを構成する主要なコンポーネント。様々ながんの診断マーカーとして確立している。
TRF1/TRF2/POT1/

TIN2/RAP1/TPP1
テロメアの機能を発現するために必要な 6 種のテロメア結合タンパク質。シェルタリン Shelterin と総称される、
p53 シグナリングTP53 (p53)遺伝子発現の制御において重要な役割を果たすタンパク質で、ゲノム安定性に関与し、「ゲノムの守護者」とも呼ばれる。がんの診断マーカーとして確立されている。
MDM2がん原遺伝子産物で、p53 の制御に重要な役割を果たす。p53 発現活性の主要な阻害因子で、その活性は翻訳後修飾により厳密にコントロールされている。
p14ARF/p19ARF腫瘍抑制遺伝子産物で、MDM2-p53 複合体に結合し、p53 の分解を妨げる。
E2F-1p14ARF の転写を開始させることによって p53 経路を制御する転写因子。



増殖抑制の​回避

メカニズムマーカー機能
腫瘍抑制Rb1細胞周期を制御し、細胞の分化に重要な役割を果たす。
TP53 (p53)遺伝子発現の制御において重要な役割を果たすタンパク質で、ゲノム安定性に関与し、「ゲノムの守護者」とも呼ばれる。がんの診断マーカーとして確立されている。
APCWnt シグナルを抑制することにより腫瘍の成長を制御する。細胞接着と遊走においても重要な役割を果たす。
BRCA1BRCA2DNA 修復と細胞周期を制御する腫瘍抑制タンパク質。非常によく研究されている。
PTEN様々な細胞活性の重要な制御因子。脂質フォスファターゼ活性により、PI3K-AKT-mTOR シグナルを制御する。
WT1, WT2WT は正常な細胞発生と生存のための重要な転写因子。発がんと腫瘍抑制の両方に関与する。
NF1NF2Ras 経路を負に制御する腫瘍抑制因子。



細胞死

アポトーシスは、細胞収縮、膜ブレブ形成、染色体凝縮(ピクノーシス Pyknosis)、核フラグメンテーション(カリオレキシス Karyohexis)、DNA ラダー形成、ファゴソームによる貪食といった、さまざまな現象によって特徴づけられます。

アブカムのアポトーシス・ガイド

オートファジーは、細胞内で不要となった物質や器官を処理するためのシステムですが、多様なストレスへの対処においても重要な役割を果たしています。腫瘍細胞は栄養不足というストレスを克服するために、この機構を活用して血管新生を進め、炎症反応を制御して腫瘍微小環境を調節します。

アブカムのオートファジー・ガイド



エネルギー代謝のリプログラミング

メカニズムマーカー

機能

低酸素HIF1αHIF2a HIF1βヘテロダイマーを形成し、DNA に結合する転写因子。低酸素状態に対応する様々な細胞内システムを制御する。
CAIXがん細胞において、低酸素誘導ストレスへの応答を仲介する。
AP-1/c-jun腫瘍の進行と発生において重要な役割を果たす転写因子ファミリー。
GLUT-1低酸素により発現量が増加するため、その量は低酸素状態の指標として用いることができる。
解糖Tomm20グルタミン代謝に必須の因子で、GAPDH 同様、さまざまな種類のがんでの異常が示されている。
V-ATPaseがん細胞における発現レベルが異常であることが示されている。
GAPDHTOMM20 と同様、さまざまな種類のがんでの異常が示されている。マーカーとしてよく利用される。
ミトコンドリア代謝COX IVミトコンドリア内膜のマーカーとしてよく利用される。
VDAC1/Porinミトコンドリア外膜のマーカーとしてよく利用される。
ATPase BetaNa+/K+-ATPase の構造と機能を保つ上で極めて重要な役割を果たす。


血管新生

腫瘍組織の周囲に血管を新生させ、血管網を構築することは、栄養や酸素を十分に取り入れたり、余分なものを排出したりする手段として重要なものです。それに加え、がん細胞が転移するためにも必要となります。

その血管新生においては、VEGF などの細胞増殖因子が重要な役割を果たしており、それらの発現は腫瘍の悪性度と関係があります。

血管新生における VEGF の役割について


免疫による攻撃からの逃避

ヒトの免疫システムは外来病原体から自己を守るために働いていますが、傷害を受けた細胞や老化した細胞など、不要となった細胞を排除するという、極めて重要な役割も担います。また免疫システムによって廃除される細胞には、がん細胞も含まれます。

その排除において中心となるのは T 細胞です。自然免疫応答と獲得免疫応答をうまく調整し、協調させることによって不要な細胞やがん細胞を選択的に認識し、除去します。

がん免疫療法のアプローチ

免疫チェックポイント・パスウェイ


炎症の促進

メカニズムマーカー機能
NF-κB シグナル
NF-κB
サイトカインの制御において重要な転写因子。その異常は炎症、自己免疫、がんと関係がある。
IKK BetaNF-κB の負の制御因子である IKK 複合体を構成する。
腫瘍関連マクロファージCD68腫瘍組織における M1 および M2 両方のマクロファージ・マーカー。
CD163抗炎症環境下のマクロファージで亢進されているスカベンジャー受容体。
iNOSM1 腫瘍関連マクロファージのマーカー。



増殖シグナルの維持

細胞増殖の検出はさまざまながんにおいて、診断や予後予測のツールとして用いられます。

細胞増殖の検出、測定、評価



浸潤能および転移能の活性化

メカニズムマーカー機能
細胞外マトリックス(Extracellular matrix

Hyaluronan

ヒアルロン酸
細胞外マトリックス(ECM)に存在するグリコサミノグリカン。ほとんどの悪性腫瘍で劇的に増加している。

Versican

バーシカン
がん細胞と間質細胞で発現しており、浸潤と転移において幅広い役割を果たしている。

Collagen IV

コラーゲン IV
細胞の成長と増殖を調整し、腫瘍の血管新生に必須である。
接着分子CEACAM1いくつかのがんで抑制されていることが知られている。L フォームは腫瘍抑制機能を有し、発がんの初期段階で発現異常が見られる。
DCC膜貫通型のネトリン受容体。リガンドであるネトリンの不在下でアポトーシスを促進する。

E-Cadherin

E-カドヘリン
細胞間認識、細胞骨格制御、表面接着といった形態形成を制御している。
分泌因子

Tenascin C

テネイシン C
細胞外マトリクスのプロテオグリカンと相互作用し、フィブロネクチンの腫瘍抑制活性を阻害する。

Fibrinogen

フィブリノーゲン
多くのがんの間質に沈着し、腫瘍細胞の進行に影響を与える。

Periostin

ペリオスチン
分泌性の接着関連タンパク質で、骨膜と歯根膜で発現し、腫瘍形成に関与している。

参考文献

1.  Hanahan, D. & Weinberg, R. A. The Hallmarks of Cancer. Cell 100, 57–70 (2000).

2.  Hanahan, D. & Weinberg, R. A. Hallmarks of cancer: The next generation. Cell 144, 646–674 (2011).

登録